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いーくん年表

いーくんが生まれてから現在までの大まかな流れを年表にしてみました。
こうやって見ると、この3年間本当にいろいろとありました。
ここでは、親との関係も率直に書いております。あらかじめご了承ください。


(H15.8.5/いーくん誕生。口唇口蓋裂症で周産期センターに搬送)

帝王切開での出産だったので、いーくんをこの手に抱くことなく
離れ離れになってしまいました。最初いーくんの写真を見て
口が裂けていることに少なからずショックを受けました。
主治医の先生は事前にいーくんの口唇裂症を知っていたのですが
私は出産するまで知りませんでした。でも、何かあるのでは?
と薄々感じていたので、腹をくくるまでは早かった気がします。
術後の傷や体調が良くなかったので、辛かったです。

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(同年 8.12/親子初対面。大学病院初診日)

術後の傷のこともあり、周産期センターにいけなかった私。
夫が毎日いーくんの様子をビデオやデジカメに撮って、私に見せてくれました。
私の両親は、出産以来一度も来てはくれませんでした。
その代わり,夫方の両親が毎日顔を出してくれましたが
誰にも会いたくないという気持ちがとても強かったと思います。
そんな中、大学病院の初診日が決まり、夫とともに周産期センターへ。
初めて、いーくんと対面しました。
小さないーくんは、口蓋に穴があったため、ミルクを口から
上手に飲むことができませんでした。なので,鼻から管を
通して、ミルクを直接胃に流し込んでいました。
その姿があまりにも痛々しく感じられ、私は涙を止めることができませんでした。
大学病院で、口唇口蓋裂症の概要と、今後のプロセスや
治療後の患者さんの状態を見せていただき、少し落ち着きました。

(同年 8.15/私だけ、産婦人科から退院)

とりあえず、私だけ先に退院することになりました。
いーくんは、ミルクがまだ上手に飲めなかったことや
経過観察のため、しばらく周産期センターに滞在することになりました。
出産直後からの両親の様子から、とても里帰りができる状態ではなかったので
自宅に戻り、いーくんが退院するときに里帰りすることになりました。
自宅から周産期センターまでは1時間半。
毎日、母乳を搾って、センターまで運びました。
いーくんにだいぶ愛着がわき、がんばろうと決心しました。

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(同年 8.27/いーくん、周産期センターから退院)

いーくんの口蓋裂の部分にふたをする「ホッツ床」を
大学病院の先生に作っていただきました。
ホッツ床のおかげで,いーくんは口からミルクを飲むことが
できるようになったため、退院することができました。
大学病院からは事前に飲んだミルクの量を記録するように
指示がありました。この記録を元に、ホッツ床をいーくんに
合うように少しずつ調整していただきました。

いーくんをつれて、里帰りをしましたが、実家にいても
心休まるときがなく、私に責任がなかったのかと非難されることも
しょっちゅうでした。
究めつけは父が「赤ちゃんが生まれたことは内緒に」と言ったことで
実家にいてはいけない!と思ったこと。
心配した夫が出張先からとんぼ返りで、迎えに来てくれました。
結局、実家に滞在したのは5日間だけでした。

これを境に、実家との心の距離が遠くなってしまいました。

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(同年 9.6以降~週一回から二週に一回の通院)

一回目の口唇形成手術までは、ホッツ床の調整をするため
週一回の頻度で大学病院へ通院することになりました。
最初は夫の両親が付き添ってくれていましたが、3回目以降は
私といーくんだけの通院をはじめました。
いつまでも頼ってばかりはいられないという思いや
うちの両親が一回も来ないことに、引け目を感じていたからです。
たまに、他の患者さんとお母さんが実家のおかあさまたちと
一緒に通院されているのを見て、うらやましく思うこともありました。

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(H16.2.22/口唇形成手術1回目)

当初一回目の手術は生後三ヶ月の11月から12月の予定でしたが
途中病気をしたこともあり(ブログ参照)体重が6キロを超えなかったので
この時期になりました。

※全身麻酔の手術なので、負担を考えて体重6キロを目安に手術を計画するそうです。

麻酔が覚めるまでの時間を入れると、手術室に入っていたのは6時間でした。
待っている間は、ずっとどきどきしていましたが手術室から出てきたいー君を見て
「片方の唇ができた!」と号泣してしまいました。
入院中に毎日見舞いに来てくれたのは夫方の母でした。
出産時のことや私の胸のうちを義母に聞いてもらい、楽になったのを覚えています。
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(同年 6.30/口唇形成手術2回目)

前回から4ヵ月後に、口唇形成手術の二回目を受けました。
さすがに二回目ということもあり、入院生活にはだいぶ
慣れていましたが、意外と人間関係がきつかったです。(><)
このときは、唇がやっと完成したこともあり、とてもうれしくて
あっという間の入院生活だったと思います。
このときも義母の手作り弁当がほぼ毎日届けられました。
感謝感謝!です。

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(H17.6.18/口蓋形成手術)

口唇形成から1年後のこの日、口蓋形成手術が行われました。
手術時間は前回よりも1時間長く、とても大変なものでした。
いーくんの場合は口蓋裂がわりと大きかったので、一度は
穴が全てふさがったのですが、術後2週間経過後に検診した結果
ふさがってない穴が2箇所発見されました。
かなりがっくりきましたが、口蓋裂の大きさから考えても
仕方ないので、納得しました。
その後、発音にはさほど問題ないだろうとの見解をいただき
ほっとしました。この穴は後の手術でもう一回形成手術を
するとのことですので、心配はしていません。


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(2007年10月下旬~11月/口唇修正手術)

昨年の秋、四回目となる口唇修正手術を受けました。
入院自体はやはり四回目ともなると、慣れてきてるので精神的にも楽でしたが
自宅で夫と二人で過ごしていた長男は今まで以上にいろいろなことがわかる
年齢でしたので、とてもとても寂しそうでした。(TT)
おかげさまで、唇の真ん中がへこんでいた部分にお肉が足され、随分見た目も
よくなったと私は思っています。^^

結局4回の手術・入院中は、夫が長男の面倒を自宅で見ておりました。
(長男は昼は保育園へ預けておりました)
一人で家事をしながら仕事・育児をがんばってくれた夫に大感謝です。

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